心地好い風が吹いた。
見上げた空は高く、蒼く、深まりゆく季節を感じさせる。
ひとり、花郎の寮へと向かっていた元述は、突然響いた爆発音に足を止めた。
これが文秀あたりなら、清々しい気分を吹き飛ばされて、悪態のひとつも吐こうというもの。
だが、元述は黙したまま、瞬時に神経を尖らせた。
が。
「うわぁ、やったやった!」
聞こえてきた馴染みのある喚声に、形の良い眉を潜めて警戒を解く。
声の主は、英實だ。
またなにか可笑しな発明品を試して、更に失敗でもしたに違いない。
わざわざ冷やかす気もなかったが、進行方向を変えるわけにも行かず、元述はそのまま歩き続けた。
近づくにつれ夥しい煙と、それに混じるほんの少しの甘い匂いが鼻をつく。
「…英實。何をやっているんだ」
「ああ、元述か!ちょうどいい、ホラ、これ!」
声をかけると、頬を煤で黒くした英實がぽいっと何かを放って寄越した。
元述は咄嗟に受け取ったものの、触れた途端に驚いて手を離した。
「熱っ!」
「バカ、落とすなよ、もったいない」
地面に転がったのは、焦げ茶色の大きな芋。
「それはちょうどいい具合に焼けてんだから」
「…焼き芋をつくっていたのか…?」
「そう!」
得意そうに、英實は鼻の下を擦る。そのせいで、また一段と顔が黒くなった。
見回すと、集められたたくさんの落ち葉に得体の知れない四角い器具。その周囲には、炭状と化した、恐らくは元芋が転々と散らばっていた。
「焼き芋は落ち葉で焼くのが一番だろ。だから、効率よく、さらに美味しい焼き芋がつくれる機械を造ってみたんだ。たまにはこういう風情あるものもいいかと思って」
「……」
「まぁ、ちょっと失敗したが。加減も分かったし次は上手くいくさ。ほら、焦げなかった芋は絶対美味いんだから食ってみなって!」
英實はそう言いながら、転がった芋に手を伸ばす。
手袋もしていない素手だが、熱さは感じないのか、平気で拾い上げると元述に差し出した。
まだ躊躇して口元を引き結んでいる元述に、肩を竦めて見せるとぱっくりと芋を真ん中で割る。
温かな湯気と、美味しそうな甘い匂いが、あたりに漂った。
「ん。美味い!」
片方を齧って、もう片方を差し出す。
元述は今度は両の手の平でそれを受け取ると、ころころと熱を逃すために転がした。
ほっくりとした断面は、蜜を含んだような黄金色で、英實の言うとおりとても美味しそうだ。
手の平である程度熱が冷めたのを確認して、元述はそっと口を近づけた。
爪で皮を剥がし、一口実を齧る。
その途端、
「っ!!」
声にならない悲鳴を上げて、元述は顔を顰めた。
また放り投げられた焼き芋を、今度は上手くキャッチして英實は呆れたように目を瞬いた。
「なんだなんだ、元述?まだ熱がってんのか?」
涙目になって睨みつけてくる同僚に、からかい含みの声をかける。
元述は焼けた舌を差し出すと、もぐもぐと文句を言った。
「うるひゃい!らいらいあつすぎなんらっ!」
「あ~はいはい」
「楽しそうだな、ふたりとも?」
腹を抱えて笑いそうになっていた英實は、その声に振り向いて声を上げた。
「文秀将軍!」
ぎくりと元述は身体を強張らせる。とっさに火傷した舌をしまって平静を装った。
「どうかしたのか?」
「いえね。落ち葉で焼き芋を作ったんですが、元述の奴、とんでもない猫舌で舌に火傷したんですよ。せっかくの美味い芋なのに」
「ほう」
英實の説明に、文秀は唇を引き結んでいる元述へ楽しげな目を向けた。
「元述、火傷したのか?見せてみろ」
「た、大したことは、ありません」
舌が痛いのだろう、言い辛そうに答える元述の肩を、文秀は有無を言わさず引き寄せた。
「見せてみろと言っている」
繰り返される命令に、元述は仕方なく舌を差し出した。その肉色の舌先は、一部見事なまでに赤くなっていた。
「これは痛そうだな…」
「へ、平気です、こんなの舐めておけば治ります」
どうやって自分の舌を舐めるんだよ?と。
英實が至極まともな突っ込みをいれようとした、その目の前で。
「っ!?」
ぺろりと。
文秀は、差し出されたままの舌を舐め上げた。
「ム、文秀、将軍っ!?」
「舐めておけば治るんだろ?さっさと治さないと、メシを喰うにも痛いぞ」
癖のある笑みを浮かべると、文秀は真っ赤になって言葉もない元述と、違う意味で言葉もない英實にひらひらと手を振った。
「じゃ、用があるんで俺は行くわ。元述、」
「は、はい」
「痛みが引かなきゃ、いつでも俺が舐めてやる」
笑いながら、文秀は遠ざかる。
その長身を呆然と見送っていたふたりは、視界からその姿が消えてはっと我に返った。
「……」
「……」
「ち、治療、してくださったんだ!」
「…ああ、そうだな」
「おまえが変なことするから!」
変なコトしたのは俺ですか?!と言う尤もな疑問を呑み込んで、英實は黙々と後片付けを始めた。
「おい、英實…」
「さっさと帰って氷で冷やせ。痛みが引かないからって、誰かに舐めてもらうんじゃないぞ」
「だっ、誰がそんなことするかっ!!」
真っ赤になって背を向けた元述を、英實は溜息とともに見やる。
その大きな溜息を耳にして、元述は口元にそっと手を当てた。
誰が、あのようなことをするものか。
あんな、ディープキスのような治療…
思い返して、頭がぐらぐらするような心持ちになる。
心地好い風が吹いた。
けれど、爽やかなその風は、元述の火照りを少しも和らげはしなかった。
見上げた空は高く、蒼くーーーー
モヨさんのコメント
ハズしてるかも…と思いつつ、つい参加してしまいました。素敵なお祭り企画、ありがとうございます♪
洸@管理人 2007年10月09日(火)00時38分 編集・削除
モヨさんこんばんは!
ディープキスを連想して一人で赤面してる元述が可愛いです。なんて初心なんだ~v
「舐めれば治ります」にすかさず反応した文秀の判断力と行動力は流石伝説だと思います。元述の言いそうなことなど文秀にはお見通しなんじゃろか☆
ラブらぶな作品をありがとうございました~!