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:that is the question.

ひときわ明るく、輪郭の鮮やかな月は美しくて、同時に気味が悪かった。
手が届きそうなほど近くに見え、光は街を白く照らし出していた。

元述はこういう夜があまり好きではなかった。特に今晩のように、自分の動向が
人に目撃されたくないような時には。

城を出て向かうのは、文秀将軍の屋敷だった。通りはすでに人気が疎らになっている。
城下といえどこの時間帯になると、辺りは草木の香りに満ちていた。
夜露を含んだ懐かしい香りに包まれると昔の事を思い起こすので、元述はそれを振り切る
ように足を早める。夜警の兵がいる地点を上手く避けながら、慣れた道を進んでいった。

「・・・!?」
目の端に、見覚えのある姿が映った気がして振り返った。すぐに闇に紛れて見えなくなって
しまったが、確かにそれは知っている人物の姿によく似ていた。

(しかし・・・まさかこんな時間に供もつけず一人で・・・)

もしも一人で忍ぶように出歩くとすれば、行き先も目的も一つしか思い当たらない。
文秀将軍の屋敷だろう。
しかし今晩呼ばれたのは確かに自分で、将軍の相手をするはずだった。

「遅かったな。ずいぶん待ったぞ。」
扉はいつもと同じ様に開かれ、先に酒を飲み始めていたらしい屋敷の主はむしろ機嫌良く
自分を迎え入れた。
そして、やはりいつもと同じ様に入ってすぐ、服を着替えるように言われる。
「自分の屋敷の中でまで軍服を見たいやつがいるか?」
いつもこう言っていた。隣の部屋にはすでに着物が用意されているだろう。
元述は着替えるべく、隣の、文秀の寝室に入る。
明かりがなくても、月の光が服の場所を静かに指し示していた。
開いた窓からは夜風が入ってきている。

元述は少し無用心に過ぎると思ったものの、有事にはすぐ幽霊部隊が動ける事も知っていたので、そのまま軍服を脱ぎ、ベッドに上がると丁寧に畳まれた衣服に手を伸ばした。

「将軍。この服は・・・」
会う度に、と言ってもいいほど新しい着物が用意されていた。
袖を通すと冷たくて肌触りが良い。宵の趣の、深い藍色の布地にはほんの少し装飾が施してあった。
高価で、身分の高い者が身に着ける生地だ。
「私には、もったいないです。」
「気にするな。好意だと思って受け取れ。」
月の光が差し込んで部屋は明るく、しばらくすると文秀は蝋燭を消し、月見酒を楽しんでいた。

「・・・全然飲まねぇな、お前。疲れてるんだろ。」
「いえ・・・!」
二人でいても元述はなかなか部下の姿勢を崩そうとしない。
「元述・・・ここに来い。」

呼び寄せられ、文秀に近付いて初めて、元述は他の人間とは違う振る舞いをする。
首筋に抱きついて自然に頬を擦り寄せた。そのまま、何をするでもなく元述は大人しく身体を
預けていた。
疲労を感付かれないようにしていたつもりだったが、無駄な努力だった。

安住の場所を得て、元述は身体から徐々に力が抜けていった。薄れる意識の中で感覚は鈍り、
自分を支える相手の温もりと、自分との境界も曖昧になった。
文秀は少しずつ寄せられるその重みが何だか心地良く、自分の懐で眠りに落ちていく元述を
起こさぬよう、静かに杯に手を伸ばした。

元述の意思を離れた身体は重力に従って徐々に、下方へ引き摺られていく。
引き離される感覚に思わず、文秀の首にしがみついた瞬間、元述の目が大きく開かれた。
自分の行為に驚いているような顔をし、すぐさま離れようとする。

「起きたか。眠ってろよ。」
突然、心地よい重みが引いたので、文秀はその肩を掴み自分に再び押し付けた。
力が強すぎたらしく元述は胸を圧迫されて、うっと呻き声をあげるが、抗議の言葉はなかった。
眠気のせいで、いつもより元述の体温が高い。
頭を優しく撫でてやると、慌てた気が静まるのが分かった。
しかし元述は優しく動く腕の下で、再び目を閉じようとはしなかった。

元述の方から、ささやかに求め始めた。
文秀の肩に唇を押し当てると、そこから胸に、腹に顔を埋めるようにゆっくりとキスをしていく。
布越しの感触さえ酒の入った相手を煽るには充分だった。
いつもなら、酷く酔った時に甘えた無防備な仕草を見せることはあっても、元述が自分から求めた事はなかった。
「・・・どうした?元述。」
無言のまま、文秀の一番感じる場所に顔を埋め、布越しにそこへ何度も口付けをしてきた。
先端をついばむようにしてその形を確かめ、際立たせていく。

「ん・・・っん・・・ぅ・・・」
元述の求めに応じてやると、唇から薄い舌が遠慮がちに這い出して絡んでくる。
口内へ導かれ、包み込まれると雄は強く張りつめ奉仕を楽しんでいた。
酒を飲みながら文秀は時々元述の髪を掴み、最奥まで咥え込ませる。
口内でとろける透明な液を、元述は何度も飲み込んだ。

乱れた着物からのぞく肌はひどく妖艶で、すべてを剥ぎ取ろうとした文秀の手を止めるほどだった。
顔を上げさせると瞳には涙が浮かび唇は透明な体液で濡れ、月の光で壊れ物のように繊細に光っていた。
「そう慌てるな。何を不安がっている。」
元述は抱え上げられると、寝室まで運ばれた。

「あ・・・っ!ゃ・・・そ・・・なに・・・」
秘所に深く指を入れられる。
雄を抵抗なく受け入れられるように、指は動き回る。
それを嫌うように必死で締め付けてくる内壁に逆らって、指は粘膜を押し広げた。
「・・・や、ぁ・・・!・・・開か、な・・・で・・・!」
元述はそう訴えると、泣き出した。
「おい元述。何だ、この傷は。誰にやられた?」
わき腹にある大きな擦り傷と、その周りに広がる打ち身を見て文秀は顔色を変えた。
「これ・・・は・・・・・・英實、です。」
「郎の名が泣くぞ。・・・ったく。」
少し不機嫌そうな顔を見せたが、それもすぐに収まった。

「はぁ・・・・・・はっ・・・!」
秘所の中を弄ばれて熱を上げる身体をどうにもできなくて、元述は顔を窓の方へ逸らした。すると
―――!!」
月明かりの中、開いた窓の外に隠れるような人の気配があるのに気がついて元述は息を呑んだ。
幽霊部隊の、男の人影ではなかった。
豊かな長い髪に、華奢な体。それは確かに先ほど往来で見かけた姿と同じだった。
「しょ、将軍・・・!外・・・に・・・人が・・・!」
「・・・なんだ、今ごろ気付いたのか?」
元述の顔を自分の方へ向けさせると、中の指を引き抜いた。
「あ!」

見事な俊敏さで、元述は腕に掛かっていた着物の端を掴むと、自分の顔を覆ってしまった。
文秀がそれを強引に引き剥がそうとすれば本気で抵抗する。
しかし着物が破れても構わないと言わんばかりに文秀に引っ張られては敵わなかった。
布地が今にも破れてしまいそうな音をたてると元述は慌てて手を緩め、諦めて裾を手放したが
次は両手で顔を隠し、うずくまるように窓に背を向けてしまった。
その手さえもあっさりと外せば血の気の引いたような表情で元述が訴える。
「しょ、将軍!彼女は・・・!」
「うるさい。」
「しかし・・・!」
「隠れる必要はない。顔を見せろよ。」
元述の体を抱き起こし、背中をベッドの背もたれに寄りかからせた。

このまま、見世物にされるのは耐えられない。
一体どういうつもりなのか分からず、元述は引き裂かれそうな心持ちになった。
底なしの不安が口を開け、文秀の袖を掴んだ時。
「良く見えるようにしてやらないとな。」
「・・・どういう、事で・・・・・・・・・んっ!」
唇が重ねられた。

それだけで強く求められ、愛されているような気分になるのが怖かった。
身体を合わせるのとは、また違う感覚だった。
こじ開けるように入ってくる文秀の舌をゆるく捕らえ、その熱を受け止めた。

乱れた着物から、元述の白い腕を器用に引き抜くと自分の背中に回させる。
一度、唇を離した。
「将軍・・・!どうして・・・!」
庭木がざわめくだけで意識がそちらに向いてしまい、気が気ではなかった。
「・・・体だけの関係だと勘違いされたら、困るだろ?」
「・・・・・・!?」

たっぷりと口付けを重ねて、元述が陶酔に落ち体の強張りがとれると、ふいに腰が宛がわれた。
唇を離さないまま、濡れた音がして雄が元述の中を押し広げ入ってきた。強い圧迫感に声を
上げたくても叶わず、口の中でくぐもった振動にしかならなかった。
抵抗する間もなく、根元まで埋められる。

「ん!・・・んぅ!・・・う!」
文秀が動き始め、開いた自分の膝が小刻みに揺れているのを見て、元述は眩暈がした。
こんな姿を、人に見られているとは。しかも、一番見られてはならない人物に。
文秀が唇を離すと、途端に抗議の声が上がる。
「っは・・・ぁ・・・しょ、ぐ・・・やめてくだ・・・・・・ぁ・・・!」
「お前、最初の頃は、あんなに痛がってたのになあ。」
奥へ欲望を滑り込ませる文秀は、揶揄するように言った。
一度貫いてしまえば、突くたびに、しなやかに吸い付いてくる。
「入れるだけで一苦労だったのが、嘘みたいだぜ。」
こんな状況で、平気で自分を抱く将軍の気が知れない。

そして元述は自分が武人であることを呪いたくなった。
下肢が文秀の衝動を受け止めている間も、陰に潜む相手の気配が、まだそこに居るのが
手に取るように分かってしまう。
いつもなら気にならないベッドの軋む音さえも自分を苦しめて、欲情のせいではなく
涙が零れてくる。
全てが崩れそうだった。

文秀の腕を精一杯押して、行為の最中に本気で逃げようと抵抗する。
「離して・・・くだ・・・さ・・・!」
「黙れ。」
上体を起こそうとすると、痛みが走るほど強く肩を押し返された。
それでも暴れ、半狂乱のように言うことを聞かない元述の唇は再び塞がれる。
「・・・っ!」

「そんなに暴れるな。・・・犯してるみたいだろうが。いいんだよ、これで。」
「でも・・・ぁ!」
「お前はいつも通りにしていろ。」
そして両腕が元述を捕まえたかと思うと、あっというまに抱え込んで上に乗せてしまった。

滑り落ちた着物が腰をかろうじて覆う役目を果たしているのが救いだった。
自分に降り注ぐ白い月の光が、何もかもを露わにする。

温かな手が身体を這い上がってきた。
目を閉じ、手探りで胸の柔らかな場所を探している。
文秀はそこへ好んで淫らな刺激を与えては、反応を楽しんでいるので、元述はそこに
触れられるのが苦手だった。

跨った姿勢のまま腰をゆっくりと持ち上げ、しばらくは慣らすように慎重に動いた。
こうするのを文秀将軍は喜ぶ。
しかし完全にいつも通りにはできなかった。
「大人しいな。ほら、啼けよ。」
そういうとわき腹の擦り傷を指先で弾かれる。
「あ!・・・ぅ・・・!」
何度も指でつまんだり引っかかれて、元述はたまらず声を上げた。

文秀は下から突き上げ、元述の腰を掴み上下に動かす。
揺さぶられて、元述は何度も声を上げる。しかし、いつもなら一度は達しているはずの元述が
今日はまだ欲望を吐き出さなかった。

中心に触れ、元述が乱れるのを確かめたが
「・・・いかねぇな、お前。」
過剰といえるほど敏感なその体質を知っている。
「む、無理・・・で、す・・・!」
丁寧に動こうとする腰を乱暴に振らせた。元述の好きな場所をしばらく弄び続けたかと思うと、
支配していた手は突然、腰から離れた。

「今日はもう、やめるか。」
あっさりとそういって、二人分の熱を孕んだ元述の奥から、欲望を引き抜こうとすれば
「だ、駄目です!!」
元述は首にすがりついてそれを拒んだ。

「・・・お前、嫌だったんじゃないのか?」
しばらく沈黙があったあと、弱り果てたような小さな声が耳を撫でた。

「今日は・・・・・・ここに、居たい・・・です・・・・・・」
文秀は、苦笑いの表情を浮かべる。
「・・・誰も追い返すとは言ってねぇだろうが。」

「あ・・・!ゃ・・・・・・あぁっ!」
組み敷かれ、文秀の腕にしがみつき、身体の奥から伝わってくる振動を必死に受けとめていた。
拍動のように、一定のリズムが元述の内部で刻まれている。
性欲に支配されると元述は驚くほど脆くなり、たまらなく感じている時には快感がそのまま
表情に現れた。

幼い面影を見せ、腕は力を失って、最強の剣士がまるで上等の娼妓のようだった。
その顔と甘い泣き声は征服を望むような艶を放ち、文秀をどうしようもなく昂ぶらせる。
悲鳴が上がり、文秀の腕から逃げようともがく。
すでに元述には文秀以外のものは、目に入らなかった。

「ぁ・・・・・・もぉ・・・!・・・っ!服が、汚れ・・・!」
構わずそれを押さえつけ見境なく続けていると、身を強張らせ、元述は欲望を溢れさせた。
花を散らしているような、不思議な感覚を文秀は覚えた。
哀れなほど激しく突き動かされて達した、色の薄い肌と、月の光が文秀の視界をも白く埋め尽くした。

「・・・どうして・・・ですか・・・?」
窓をすべて閉め、着物を被るようにして泣いている元述が聞いてきた。
ようやく言葉を取り戻したものの、まだその頬は上気したまま収まらない。
「あ、あそこにいたのは・・・」
「お前が気にしている奴なら、今一人で出歩けるような状態じゃない。」
「・・・!」
「だからあれは別人だ。・・・存分に見せてやっても、何の問題もないだろう?」

元述は目を見開いた。
「将軍・・・分かっていて・・・私にだけ・・・」
元述が着物から顔を覗かせる。
「・・・ひどい、ですよ・・・!」
文秀は悠然と笑っている。
煙草の火が消えると、月の光が直接届かない部屋は少しだけ寂しい様子になった。

口付けの後に聞いた文秀の言葉が、どうしても気に掛かった。
「・・・どうしてあんな、心にも、ない事を・・・」

文秀は、何のことかとしばらく記憶を辿ってから、ああ、と言って笑った。
「俺は、何一つ嘘など言っていないぞ・・・?」
「いいえ、嘘ばかりでし・・・・・・っ!」
また傷を引っかかれて元述が涙目になると、文秀はその紅い頬に唇を当てて着物ごと強く
抱きしめ、もう何も言わなくなった。

あとがき

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